「エンクロージャーとは」という言葉は、世界史や経済史の授業、あるいは資本主義の成立過程を論じる記事などで見かけることがあります。
「囲い込み」と訳されることが多いものの、具体的に誰が何を囲い込んだのか、なぜ歴史上の重要な出来事とされるのか、ピンとこない人も多いはずです。
一言でいえば、エンクロージャーとは、イギリスで地主や領主が農民たちの共同利用地を私有地として囲い込み、多くの農民を土地から追い出していった歴史的な動きのことです。
この記事では、エンクロージャーの意味や由来、仕組み、産業革命との関係についてわかりやすく解説します。
エンクロージャーとは
エンクロージャー(英語でEnclosure)は、日本語で「囲い込み」と訳される歴史的な出来事です。
イギリスにおいて、地主や領主が農民たちが共同で利用していた農地や牧草地を、柵や生け垣で囲って私有地に変えていった動き・政策を指します。
単に土地を区切るという話ではなく、土地の利用権を失った農民が農村を離れ、都市の労働者になっていく社会の変化全体を表す言葉として使われます。
現在でも、イギリス近代史や資本主義の成立を論じる文章の中で、歴史的な専門用語として登場する言葉です。
エンクロージャーの語源・由来
エンクロージャーという言葉は、英語の動詞「enclose(囲う、閉じ込める)」に由来します。
もともと中世のイギリス農村には、農民たちが領主の土地の一部を共同で耕作地や放牧地として利用する「入会地」という仕組みがありました。
地主たちがこの共同利用の土地を柵や生け垣で区切り、自分だけの私有地として管理し始めたことから「囲い込み」という呼び名が定着していったとされています。
つまりエンクロージャーとは、共同で使っていた土地を個人の所有物に変えていく行為そのものを指す言葉だといえます。
第一次エンクロージャーの背景と仕組み
エンクロージャーは大きく二つの時期に分けて語られることが多く、最初の動きは中世の終わりごろから始まったとされています。
このころのイギリスでは毛織物工業が発展し、原料となる羊毛の需要が高まっていました。
そこで地主たちは、農地を羊を育てる牧草地に変えるために共同利用地を囲い込み、そこに住んでいた農民を追い出していきました。
結果として、多くの農民が住む場所や耕作地を失い、農村から離れざるを得なくなっていきました。
第二次エンクロージャー(議会エンクロージャー)の仕組み
二度目の大きなエンクロージャーの動きは、産業革命が進んでいた時期に重なるように起こったとされています。
このときは個々の地主が独自に土地を囲い込むのではなく、議会が法律を定めて、組織的かつ大規模に土地の統合・私有化を進めた点が特徴です。
こうした法律に基づく囲い込みは「議会エンクロージャー」と呼ばれ、農業経営の大規模化や効率化を目的としていました。
結果として、小規模な農民や共同利用地に頼っていた人々は、ここでも土地を失うことになりました。
エンクロージャーが農民や農村に与えた影響
エンクロージャーによって土地を失った農民の多くは、農村にとどまっても生活を維持できなくなりました。
そのため、仕事を求めて都市へ移り住む人が増え、農村の共同体は次第に姿を変えていきました。
また、土地を持つ地主と、土地を失った農民との間で、経済的な格差が広がっていったことも指摘されています。
こうした変化は、後の資本主義社会における労働者と資本家という関係の土台になったと考えられています。
エンクロージャーと産業革命の違い
エンクロージャーと産業革命は、同じ時代の出来事として語られることが多いため、混同されやすい言葉です。
しかし、二つは指している対象がまったく異なります。
エンクロージャーは、農地や牧草地の所有・利用の形を変えた、いわば農業・土地制度上の変化です。
一方、産業革命は、蒸気機関などの技術革新によって工場制機械工業が広がった、生産技術・産業構造上の変化を指します。
| 比較の観点 | エンクロージャー | 産業革命 |
|---|---|---|
| 指すもの | 農地・牧草地の囲い込みと私有化 | 工場制機械工業への転換 |
| 主な舞台 | 農村 | 都市・工場 |
| 関わる人々 | 地主と農民 | 資本家と労働者 |
| 時期の目安 | 中世末から近代にかけて複数回 | 近代以降 |
エンクロージャーが産業革命にどうつながったのか
エンクロージャーと産業革命は別の出来事ですが、歴史の流れの中では深く結びついています。
土地を失った農民が都市に流れ込んだことで、工場で働く労働者の供給源が生まれました。
また、農業経営が大規模化・効率化されたことで、少ない人数でも多くの農産物を生産できるようになり、都市に住む人々の食料を支える土台にもなりました。
このように、エンクロージャーは産業革命を支える人的・経済的な基盤をつくった動きとして位置づけられています。
トーマス・モア『ユートピア』によるエンクロージャー批判
エンクロージャーをめぐる批判として知られているのが、思想家トーマス・モアによる記述です。
彼は著書『ユートピア』の中で、羊を育てるために農民が土地を奪われる様子を、「羊が人間を食べている」という表現で批判したと伝えられています。
この言葉は、経済的な利益のために人々の生活が犠牲にされる状況を鋭く言い表したものとして、今でも引用されることがあります。
エンクロージャーが単なる制度変更ではなく、多くの人の暮らしに深い影響を与えた出来事だったことがうかがえます。
エンクロージャーをめぐるよくある誤解
エンクロージャーは「一度の出来事」だと誤解されがちですが、実際には長い期間にわたって複数回起きた動きです。
また、「すべての農民が一方的に被害を受けた」と単純化されることもありますが、地主の中には土地を得て利益を増やした人もおり、立場によって影響の受け方は異なっていました。
さらに、エンクロージャーをイギリスだけの出来事と思いがちですが、共同利用地の私有化という動き自体は、他の地域でも形を変えて見られます。
このように、エンクロージャーは単純な一つの図式ではなく、長期的かつ複雑な社会変化として理解することが大切です。
エンクロージャーが現代に残した意義
エンクロージャーは、土地という資源の利用の仕方が、社会の仕組みそのものを大きく変えてしまうことを示す歴史的な出来事です。
共同で使われていた資源を誰かが私有化するとき、そこに依存していた人々の生活が大きな影響を受けるという構図は、現代の様々な場面にも通じる視点だと言えます。
歴史を学ぶうえで、エンクロージャーは資本主義や産業革命の成立過程を理解するための重要な手がかりとなっています。
まとめ
エンクロージャーとは、イギリスで地主や領主が共同利用の農地を囲い込み、私有地に変えていった歴史的な動きです。
毛織物工業向けの牧羊地づくりを目的とした初期の囲い込みと、議会の法律によって組織的に進められた後期の囲い込みという、二つの大きな流れがあったとされています。
この動きによって土地を失った農民が都市に流入し、産業革命を支える労働力や、農業の近代化を後押しする基盤が生まれました。
エンクロージャーと産業革命は別々の出来事ですが、農村の変化が都市や工業の発展につながったという意味で、密接に結びついた歴史として理解しておくとよいでしょう。


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